レイはいつだって自分の気持ちに素直に生きる ~愛する人は一人だけって誰が決めたの?~

レイはいつだって自分の気持ちに素直に生きる ~愛する人は一人だけって誰が決めたの?~

last updateÚltima atualização : 2025-12-26
Por:  佐薙真琴Em andamento
Idioma: Japanese
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亜蘭レイ、二十八歳。彼女には五人の恋人がいる。 会社員の隼人、美容師の蒼太、教師の理央、音楽プロデューサーの奏多、大学生の悠馬。それぞれが異なる魅力を持ち、それぞれがレイを愛している。 レイは誰にも嘘をつかない。五人全員に、同じように愛していると伝える。なぜなら、それが真実だから。 しかし、偶然の誕生日パーティーで五人は鉢合わせする。真実を知った彼らは動揺し、三人は去っていく。残ったのは、隼人と悠馬だけ。 さらに、レイの生き方がマスコミに取り上げられ、炎上する。「節操がない」「社会の害悪」――世間の批判が殺到する中、レイは記者会見で堂々と語る。 「私は、謝りません。だって愛に謝る必要はないから」

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Capítulo 1

第一章:日曜日の朝

海原市から新浜市へ戻った日、それは天野紬(あまの つむぎ)と天野成哉(あまの せいや)の結婚三周年の記念日だった。

紬は新浜へ着く前にインフルエンザにかかり、咳も決して軽くはなかった。

それでも、成哉と息子、娘の三人とはすでに三か月も会っていない。会いたい気持ちが勝ち、無理を押して帰ってきたのだった。

天野家は新浜の名家である。

のちに事業を海原へと広げ、家族も海原へ移り住んだものの、本宅だけは変わらず新浜に残っていた。

その本宅に足を踏み入れた瞬間、紬のスマホにニュースがポップアップで浮かび上がった。

【天野の御曹司、気前よく大金を投じ、人気女優・橋本望美(はしもと のぞみ)のためにキャンプファイヤーを開催】

紬の表情からすっと血の気が引いていく。

天野家で働く家政婦、田中恵子(たなか けいこ)は海原出身で、ニュースを見るなり、慌てて紬に声をかけた。

「メディアなんてデタラメを書くのが大好きなんですよ、奥様。どうかお気になさらないでください。旦那様は今夜、お仕事でお忙しいのですから」

しかし紬は何も言わなかった。

帰る前、紬はわざわざ成哉にメッセージを送っていた。

ただ、そのメッセージはいまもスマホの中で静かに眠っている。

返信は、ひとつもない。

紬はくよくよする性格ではない。それでも考えてしまう。ピラミッドの頂点に立ち、新浜全体の経済の生命線を握るあの男は、一体どれほど忙しいのだろうか。

妻からのたった一通のメッセージに返信する暇もないほどに。

これ以上考えてはだめだ、と紬は自分に言い聞かせた。

コートを脱ぎ、キッズスペースにいる息子と娘のもとへ向かう。

三か月会わないうちに、二人はずいぶんと成長していた。

紬はそっと笑みを浮かべ、おままごとに興じる双子の前でしゃがみ込んだ。

二人は砂で小さな家をつくり、その中に二つの人形を置いていた。一目で、それがパパとママを表しているのだとわかる。

紬は娘の天野芽依(あまの めい)に、からかうように尋ねた。

「ねぇ、この二人は誰なの?」

芽依は砂を盛りながら、顔も上げずに答えた。

「パパと望美さん」

「違うよ」息子の天野悠真(あまの ゆうま)が首を振る。

「僕のおうちに住んでるのが望美さんで、芽依のおうちに住んでるのはママだよ」

「でも私、望美さんにママになってほしいもん」芽依は唇を尖らせた。

紬は思わず動きを止め、そっと芽依のおさげを撫でた。

「ママじゃ、だめなの?」

「ダメなわけじゃないけど、やっぱり望美さんのほうがパパとお似合いだもん」

悠真も自然に頷き、娘は真剣な顔のままだった。

芽依はおしゃれが大好きだ。紬の手を不機嫌そうに払いのけた。

「それにママ、風邪ひいてるでしょ。私から離れててよ。頭も触らないで、髪、ぐちゃぐちゃになるじゃん。これは望美さんが結んでくれた三つ編みなんだよ。崩れたら、望美さんが悲しむでしょ」

紬はそっと自分のマスクに触れた。子どもたちが望美の人形の服をどう作るか、興奮気味に話し合っている。その一方で、ママを表す小さな人形は隅に追いやられ、誰からも見向きされていない。

胸がきゅっと締めつけられ、口の中に苦味が広がる。

娘の言う望美は、夫・成哉の「心を許した相手」だった。

新浜メディアがもてはやす、運命のカップル。

紬と成哉が内密に結婚していたこの数年間、望美こそが誰もが認める天野家の夫人かのようだった。

だがまさか、たった数か月会わない間に、血のつながった我が子までもが望美のほうに懐いているとは。

紬は目を伏せ、長く黙って子どもたちを見ていた。やがて恵子に促され、シャワーを浴びるために二階へと向かう。

ちょうどその時、成哉の秘書である木村健一(きむら けんいち)が駆けつけ、紬の姿を見て一瞬、目を見開いた。

「奥様。社長は今夜、ご用事でお戻りになれません。望美さんへのプレゼントを、こちらへ持ってくるよう仰せつかりまして」

「ええ、わかったわ」紬は静かに答えた。

健一が去ると、胸の奥が鋭く痛んだ。

自分の夫は、他の女性への贈り物のことは覚えていても、妻との三周年の記念日は覚えていない。

紬は成哉にビデオ通話をかけた。

電話はすぐにつながる。

「どうした?」

画面に映ったのは、成哉専用のラウンジ。

煌びやかな照明に照らされた室内は、隙間なく行き届いた贅沢で埋め尽くされ、新浜市の富が凝縮された空間だった。

成哉は千万円もするオーダーメイドのスーツを身にまとい、ワイングラスを片手にソファに身を沈めていた。

その姿には、新浜の実業家にありがちな小利口な雰囲気は一切ない。洗練された気配と、どこか冷ややかな整った眉目。高嶺の花のように遠い存在感を漂わせている。

多くの人が決して手の届かない、憧れの象徴。

そんな男を、紬は丸六年間、変わらず愛してきた。

紬は口調を和らげた。「私たち、ずいぶん会ってないわ。今夜……」

「天野さん……」

紬の言葉が終わらないうちに、電話の向こうから甘くか細い女性の声が響いた。

望美だった。

すぐにビデオ通話は切られた。

切れる直前、成哉は淡々と一言だけ言い残した。「帰ってから話す」

紬はスマホを強く握りしめた。

そして、静かに窓の外へ目を向ける。

高層ビルの群れが夜の闇を押し上げるようにそびえ立ち、車の流れは光の帯を織り成し、息をのむほどの華やぎで街を染めていく。

その喧騒の中心で、夫の成哉は数兆もの資産を操り、新浜の世を動かしている。

ただ、妻である彼女にだけには、微塵の優しさも示さない。

六年間、成哉の態度は変わらず冷淡で、よそよそしかった。

穏やかな眼差しの奥には、隠しきれない無関心が潜んでいる。

紬は長い間、その心を取り戻そうと努めてきた。

だが今日、ふと、自分でも驚くほどに疲れ切った、と感じた。

かけ直すこともせず、紬はそのまま眠りに落ちた。

翌日、ようやく成哉からメッセージが届く。

【すまない。3周年おめでとう】

続いて、短い一文。

【これは埋め合わせだ】

直後、銀行口座に九桁の入金通知が届いた。

紬は無言でメッセージをスワイプした。

そのとき、望美のSNS投稿がポップアップで浮かび上がる。

【F国で8ヶ月かけてオーダーメイド、生涯に一度しか作れないダイヤモンドリング。天野さん、ありがとう】

望美は微笑み、白い指先には大粒のダイヤがきらめいている。

高くそびえるタワーのふもと、ローズレッドのスカートが風に揺れ、その贅沢な気配は見る者を酔わせるほど艶やかだった。

「心を込めた」という事実は、痛いほど伝わってくる。

紬の脳裏に、嫁ぐ前の記憶がよみがえった。

静かで古風な本宅。成哉は廊下をすっと通り過ぎ、その瞳は波立つことなく、紬の幼い期待を簡単に見抜いた。

成哉は言った。「お前と結婚はする。だが、それだけだ」

以前は、「お金なんていらない、たくさんの愛がほしい」なんて言葉は気取りだと思っていた。

だが今になって、ようやく悟る。

六年間抱き続けてきた望み――欲しかったのは、成哉の愛だけだったのだ。そしてそれを一度も手にしたことはなかった。

胸に渦巻く思いを押し込み、紬は階下へ降りた。

小さな庭園から、芽依の無邪気な声が響く。だがその声には、不満の色がはっきりと滲んでいた。

「ママ、なんで帰ってきたの?本当は今日、望美さんがコンサートに連れて行ってくれるって言ってたのに……クマさんが踊るショーを見るはずだったのに……あーあ、ママが永遠に帰ってこなければよかったのに……」

「そうだよ。パパだって望美さんのほうが好きだよ。成実おじさんが言ってたもん。パパは望美さんと結婚できなかったから、ママと結婚したんだって。ママもきれいだけど、僕は望美さんのほうが好きだな……」

悠真はしょんぼりとうつむいていた。

その無邪気な残酷さが、紬の胸に容赦なく突き刺さった。

結婚できなかったから?

驚愕に心が止まり、痺れたように感覚が遠のく。

紬は二人の子供に目を落とした。

悠真と芽依を出産したとき、紬は難産で大出血し、生死の境をさまよった。

二人の子供は生まれつき体が弱かった。睡眠時間を削ってまで尽くした献身的な育児が、やがて紬自身の身体を壊す原因となってしまった。

その後、新浜で問題が起きた。

天野家当主・天野崇(あまの たかし)が重病になったのだ。

成哉は新浜へ戻って采配を振るうことになり、子供たちも連れて帰ることになった。

紬は近年ずっと二つの都市を往復していたが、悠真と芽依は、紬からどんどん離れていった。

紬は気づけば部屋に戻っていた。

子供たちには家庭教師の授業があり、恵子が二人を送り出している。

紬は多忙の合間を縫い、成哉に会う約束を取った。

自分は成哉の妻だ。

子供のことも、望美のことも、夫に確かめるべき理由がある。

だが返ってきたのは、「重要な用事があるから、明日の夜にしよう」

ただそれだけ。

紬は言葉にならない苦さを噛みしめた。

気づけば足は家を離れ、無意識のまま、かつて成哉と出会った寺へ向かっていた。

新浜の寺院は規模こそ小さいが、敷地に足を踏み入れた瞬間、静謐な空気が身を包む。

荘厳な仏塔の前、そこで娘の明るい声が響いた。

「望美さん、これ、本当にどんな願いでも叶えてくれるの?」

「もちろんよ」

紬は息を呑んで顔を上げた。

少し離れた場所で、望美と成哉が二人の子供の手を引いていた。

まるで家族そのもののように寄り添い、仏塔の前で仲睦まじく手を合わせていた。
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第一章:日曜日の朝
 亜蘭レイが目を覚ましたのは、日曜日の朝十時だった。 東京の夏の陽射しが、薄いカーテン越しに部屋を満たしている。六畳一間のワンルームマンション。家賃は七万円。決して広くはないが、レイにとってこの空間は完璧だった。なぜなら、ここには誰も縛るものがないから。 寝起きのまま、レイはスマートフォンを手に取った。画面には五つの通知。「おはよう。今日は仕事だけど、君の顔を思い出すだけで頑張れる」 最初のメッセージは、隼人からだった。三十二歳の会社員。広告代理店で働く彼は、いつも朝早くから夜遅くまで仕事に追われている。「昨日のパスタ、本当に美味しかった。また作ってね」 二つ目は、蒼太から。二十五歳の美容師。繊細な指先で髪を整える彼は、レイの料理を誰よりも喜んでくれる。「レイさん、来週の勉強会の資料、見てもらえますか?」 三つ目は、理央。二十九歳の高校教師。生徒たちに慕われる真面目な彼は、レイに対してだけは少し甘えた声を出す。「新しい曲ができた。聴いてほしい」 四つ目は、奏多。二十六歳のフリーランスの音楽プロデューサー。いつも何かに追われているような焦燥感を抱えている彼は、レイの前でだけ穏やかな表情を見せる。「レイ、おはよ。今日も君は最高に美しいと思う」 五つ目は、悠馬から。二十二歳の大学生。レイより六歳も年下の彼は、無邪気な笑顔の裏に、家族からの期待という重荷を背負っている。 レイは一つ一つのメッセージに、丁寧に返信した。 彼女は嘘をつかない。五人全員に、同じように愛していると伝える。なぜなら、それが真実だから。 シャワーを浴びて、簡単に化粧を済ませる。鏡に映る自分の顔を見つめながら、レイは小さく微笑んだ。 二十八歳。世間から見れば、そろそろ結婚を考える年齢だ。実際、大学時代の友人たちは次々と結婚し、子供を産み、SNSには幸せそうな家族写真が並ぶ。 でも、レイにはそれが窮屈に見える。 いや、正確に言えば、かつてレイもそれを求めていた。二十四歳の時、当時付き合っていた恋人と婚約までした。結婚式場も予約し、ウェディングドレスも選んだ。 そして、すべてが崩れた。 婚約者は言った。「君はもっと普通になれないのか」と。 普通。 その言葉が、レイの中で何かを壊した。 それ以来、レイは「普通」を求めることをやめた。自分が愛したいように愛する。自分
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第二章:五つの出会い
 レイと五人の恋人たちが出会ったのは、それぞれ異なる場所で、異なる状況だった。 最初に出会ったのは、隼人だった。 一年前、レイがまだ前の会社でデザイナーとして働いていた頃のことだ。取引先の広告代理店から派遣されてきた営業マンが、隼人だった。 彼は背が高く、スーツを着こなしている典型的なビジネスマンだった。しかし、その目には、深い疲労が宿っていた。 プロジェクトの打ち合わせの後、レイは偶然、廊下で隼人を見かけた。彼は壁に寄りかかり、目を閉じて深呼吸をしていた。「大丈夫ですか?」 レイが声をかけると、隼人は驚いたように目を開けた。「あ、すみません。ちょっと疲れてて」「無理してませんか?」「無理、か。もう何が無理で、何が無理じゃないのかもわからなくなってきました」 その言葉に、レイは何かを感じた。 打ち合わせの後、二人はカフェで話し込んだ。 隼人は語った。毎日終電まで働き、週末も接待やゴルフで潰れる。恋人を作る時間もない。結婚なんて夢のまた夢。このまま歳を取って、何も残らずに死んでいくのではないかという恐怖。「でも、やめられないんです。この会社を辞めたら、自分には何も残らない気がして」「あなたは、会社じゃない。あなた自身よ」 レイの言葉に、隼人は目を見開いた。「そんなこと、誰にも言われたことがなかった」 それから、二人は頻繁に会うようになった。 隼人は、レイと一緒にいる時間が、唯一自分らしくいられる時間だと言った。 そして、ある日、告白された。「君のことが好きだ」 レイは、正直に答えた。「私も、あなたのことが好き。でも、知っておいてほしいことがある」 そして、レイは自分の生き方を説明した。一人の人だけを愛するという形は、自分には合わない。もし、それが受け入れられないなら、友達でいましょうと。 隼人は長い沈黙の後、言った。「それでもいい。君と一緒にいられるなら」 二人目は、蒼太だった。 レイが通っている美容室で、新人として入ってきたのが彼だった。二十五歳。美容師として独立することを夢見ている青年。 最初は、ただの美容師と客の関係だった。しかし、蒼太の繊細な指使いと、髪に対する情熱に、レイは惹かれていった。「レイさんの髪、本当に綺麗ですね」 シャンプーをしながら、蒼太が言った。「ありがとう」「でも、ちょっと傷ん
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第三章:それぞれの時間
 レイは、週ごとにスケジュールを組んでいた。 月曜日は隼人。火曜日は蒼太。水曜日は理央。木曜日は奏多。金曜日は悠馬。週末は自分の時間と仕事の時間。 もちろん、完璧にこのスケジュール通りに行くわけではない。仕事の都合や急な用事で変更することもある。でも、基本的にこのリズムを保つことで、レイは五人全員と平等に時間を過ごすことができた。 月曜日の夜、隼人とレイは居酒屋にいた。 仕事帰りの隼人は、いつものようにスーツを着ていた。ネクタイを少し緩め、疲れた表情で生ビールを飲んでいる。「今日もきつかったか?」 レイが尋ねる。「まあね。でも、こうして君と会えると思うと、頑張れる」「そう言ってくれると嬉しいわ」「レイ、君がいなかったら、俺はとっくに潰れてたと思う」「そんなことないわ。あなたは強い人よ」「強いんじゃない。ただ、やめられないだけだ」 隼人は、グラスを傾けた。「最近、考えるんだ。このまま五十歳、六十歳になって、何が残るんだろうって」「何か残したいの?」「残したいというか......生きた証みたいなものが欲しいんだと思う」「あなたが生きている、その事実が証よ」「哲学的だな」「哲学じゃなくて、真実よ」 隼人は、レイの手を握った。「君と一緒にいると、そういう当たり前のことを思い出せる」「当たり前のことが、一番大切なのかもしれないわね」 二人は、焼き鳥を食べながら、他愛もない話をした。 隼人の会社での愚痴、最近見た映画の話、週末の予定。 何でもない会話だけれど、それが二人にとっては大切な時間だった。 火曜日の午後、レイは美容室にいた。 蒼太が、レイの髪を丁寧に切っている。「レイさん、最近髪の調子どうですか?」「おかげさまで、すごくいい感じよ」「良かった。このトリートメント、レイさんのために特別に配合したんです」「ありがとう。いつも私のために」 蒼太の指が、レイの髪に触れる。その感触は、繊細で優しい。「レイさんの髪、本当に綺麗です」「蒼太が手入れしてくれるからよ」「いや、元々が綺麗なんです」 鏡越しに、二人の目が合う。「蒼太、最近どう? 仕事は?」「忙しいですけど、楽しいです。いつか自分の店を持ちたいんです」「素敵ね。絶対できるわ」「レイさんがそう言ってくれると、本当にできる気がします」 カットが終わ
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第四章:二十九歳の誕生日
 八月十五日。レイの誕生日。 二十九歳になった。来年は三十歳だ。 レイは、特に誕生日を祝う習慣はなかった。一人でケーキを買って、静かに過ごす。それが、ここ数年の定番だった。 でも、今年は違った。 千鶴が、カフェでささやかな誕生日パーティーをしてくれることになったのだ。「レイちゃん、今年は私に祝わせてちょうだい」 千鶴が、優しく言った。「でも、迷惑じゃ」「迷惑なわけないでしょう。あなたは、私の大切なお客さんなんだから」 午後七時、カフェは貸し切りになった。 千鶴が用意してくれたのは、小さなケーキと花束。「千鶴さん、ありがとう」「いいのよ。さあ、ケーキを切りましょう」 その時、カフェのドアが開いた。「レイ!」 蒼太の声だった。 レイは驚いて振り返った。「蒼太? どうして?」「誕生日プレゼント、渡したくて」 蒼太は、小さな箱を差し出した。「開けてもいい?」「もちろん」 箱の中には、美しいヘアアクセサリーが入っていた。「わあ、綺麗」「レイさんに似合うと思って」 その時、また扉が開いた。「あれ、蒼太さん?」 理央の声だった。 レイは、さらに驚いた。「理央も?」「レイさんの誕生日、祝いたくて来ました」 理央も、花束を持っていた。「ありがとう」 レイが受け取ろうとした時、また扉が開いた。「レイ、誕生日おめでとう」 奏多だった。 そして、その後ろから隼人と悠馬も入ってきた。「え?」 レイは、言葉を失った。 五人が、同じ場所に集まっている。 これは、初めてのことだった。 カフェの中に、沈黙が流れた。 五人は、互いを見つめ合っている。 そして、気づいた。 自分たち以外にも、レイの「恋人」がいることに。「レイ、これは?」 隼人が、静かに尋ねた。 レイは、深呼吸をした。「みんな、座って。話すわ」 五人は、戸惑いながらも席についた。 千鶴は、察したように奥に引っ込んだ。 レイは、立ったまま、五人を見つめた。「みんな、ごめんなさい。驚かせて」「レイ、説明してくれ」 隼人が言った。「この人たちは?」「私の、大切な人たちよ」「大切な人?」「そう。あなたたちと同じように」 蒼太が、顔を上げた。「つまり、レイさんは、俺たち全員と?」「そうよ」 理央が、眼鏡を外した。「僕は、レ
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第五章:崩れる世界
 次の日、レイは誰からも連絡を受けなかった。 スマートフォンの画面には、何の通知もない。 いつもなら、朝から五人のメッセージが届く。「おはよう」「今日も頑張ろう」「君のことを思ってる」 でも、今日は何もない。 静寂が、重くのしかかる。 レイは、一人一人にメッセージを送った。 隼人へ。「昨日はごめんなさい。話したいことがある」 蒼太へ。「ごめんなさい。もう一度、ちゃんと話させて」 理央へ。「私の気持ち、伝えさせてください」 奏多へ。「逃げません。向き合いたい」 悠馬へ。「あなたと話したい」 でも、誰からも返信はなかった。 既読もつかない。 レイは、仕事に集中しようとしたが、手につかなかった。 ノートパソコンの画面を見つめても、何も頭に入ってこない。 午後になって、ようやく一つの返信が来た。 隼人からだった。**「今は、一人で考えたい。時間をくれ」** それだけだった。 レイは、返信しなかった。時間を与えることが、今できる唯一のことだと思った。 夕方、レイは千鶴のカフェに行った。「昨日は、ありがとう」「いいのよ。でも、大丈夫?」「大丈夫じゃないけど、どうしようもないわ」「レイちゃん、あなたは間違ってないわ」「本当に?」「本当よ。あなたは、自分に正直に生きてる。それは、素晴らしいことだわ」「でも、みんなを傷つけた」「それは、避けられなかったことよ。いつかは、こうなる運命だったんだわ」 千鶴は、コーヒーを淹れてくれた。 温かいコーヒーの香りが、少しだけレイの心を落ち着かせた。「千鶴さん、私、どうしたらいいかわからない」「あなたがすべきことは、待つことよ」「待つ?」「そう。彼らが、自分で答えを出すまで」「もし、答えが『別
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幕間:蒼太の三ヶ月
 レイと別れた日、蒼太は美容室の休憩室で一人、泣いていた。 声を殺して。誰にも聞かれないように。 二十五歳の男が、恋人と別れて泣いている。情けないと思った。でも、涙は止まらなかった。 レイとの思い出が、次々と蘇る。 初めて彼女の髪を切った日。繊細な髪質に感動したこと。シャンプーをしながら、彼女の優しい香りに包まれたこと。 閉店後、二人きりで話した夜。レイが、蒼太の夢を真剣に聞いてくれたこと。「あなたなら、絶対に素晴らしい美容師になれる」と言ってくれたこと。 初めてキスをした日。レイの唇は、柔らかくて温かかった。 全てが、走馬灯のように流れていく。 蒼太は、自分の決断を後悔していた。 いや、後悔というより、苦しかった。 レイを愛していた。それは、嘘じゃない。 でも、彼女を独占できないという事実が、蒼太の心を引き裂いた。 翌日から、蒼太は仕事に没頭した。 朝から晩まで、ひたすら髪を切った。カット、カラー、パーマ。技術を磨くことに集中した。 でも、仕事が終わると、空虚感が襲ってきた。 アパートに帰っても、誰もいない。 冷蔵庫を開けても、食欲がない。 ベッドに横になっても、眠れない。 レイのことを考えてしまう。 今頃、彼女は誰といるのだろう。 隼人か。悠馬か。 それとも、他の誰かか。 嫉妬が、蒼太の心を蝕んだ。 一週間が過ぎた。 美容室のオーナーが、蒼太に声をかけた。「蒼太、最近元気ないね」「そんなことないです」「嘘つくな。顔に出てるよ」 オーナーは、五十代の男性だった。この業界で三十年以上働いているベテランだ。「恋人と別れたんでしょう?」「......はい」「そうか。辛いよな」「大丈夫です」「大丈夫じゃないだろう。でも、仕事中は気を抜くなよ。お客さ
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第六章:レイの傷痕
 レイが一人で部屋にいる時間が増えた。 仕事は、最低限しかしなかった。クライアントからの催促にも、機械的に対応するだけ。 食事も、適当になった。コンビニの弁当か、インスタントラーメン。 千鶴のカフェにも、あまり行かなくなった。 レイは、自分の殻に閉じこもっていた。 ある日、部屋の掃除をしていると、古いアルバムが出てきた。 開いてみると、そこには若い頃のレイの写真が並んでいた。 大学時代の写真。友人たちと笑っている。 そして、彼との写真。 俊介。 レイが二十四歳の時に婚約していた男性。 写真の中の二人は、幸せそうに笑っていた。 レイは、その写真をじっと見つめた。 あの頃、レイは「普通」だった。 普通に恋をして、普通にプロポーズされて、普通に結婚しようとしていた。 友人たちは、「羨ましい」と言った。親も喜んでくれた。 全てが、順調だった。 でも、徐々に違和感が生まれてきた。 俊介は、レイに「普通の妻」になることを求めた。 仕事は、結婚したら辞める。家庭に入って、家事と育児に専念する。夫を支える良き妻になる。「それが、幸せな結婚だろう?」 俊介は、悪気なく言った。 でも、レイにはそれが窮屈だった。「私、仕事続けたい」「なんで? 俺の稼ぎで十分生活できるのに」「お金の問題じゃないの。私、デザインの仕事が好きなの」「趣味程度ならいいけど、仕事として続けるのは無理だろう」「なんで?」「だって、子供ができたらどうするんだ。仕事と育児、両立できるわけない」「できるわよ。たくさんの女性がやってる」「でも、俺の妻には、ちゃんと家にいてほしいんだ」 こんなやり取りが、何度も繰り返された。 そして、決定的な瞬間が来た。 結婚式の三ヶ月前。 俊介の実家
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第七章:それぞれの答え
 一週間後、千鶴がレイの部屋を訪ねてきた。 ドアを何度もノックしても、反応がなかった。「レイちゃん! 開けて!」 千鶴の必死の声に、ようやくレイがドアを開けた。 髪はボサボサで、目は腫れていた。「レイちゃん......」 千鶴は、レイを抱きしめた。「大丈夫よ。大丈夫」 レイは、千鶴の肩で泣いた。 子供のように、声を上げて泣いた。 千鶴は、何も言わず、ただレイを抱きしめていた。 しばらくして、レイは落ち着きを取り戻した。「ごめんなさい、千鶴さん」「謝らなくていいのよ」「でも」「いいの。辛い時は、泣いていいのよ」 千鶴は、レイに温かいスープを作ってくれた。「ちゃんと食べてる?」「......あまり」「ダメよ。ちゃんと食べなきゃ」「食欲がなくて」「わかってるわ。でも、少しでいいから」 レイは、スープを飲んだ。 温かいスープが、体に染み渡る。「千鶴さん、私、どうしたらいいかわからない」「今は、何も考えなくていいのよ」「でも」「でも、じゃない。あなたは、十分頑張ったわ」「頑張ってない」「頑張ったわ。自分に正直に生きるって、一番大変なことなのよ」 レイは、涙を流した。「私、間違ってたのかな」「間違ってないわ」「でも、みんな去っていった」「それは、彼らの選択よ。あなたのせいじゃない」「でも」 千鶴は、レイの手を握った。「レイちゃん、聞いて。人は、それぞれ違う生き方をするの。あなたの生き方が合わない人もいる。でも、それはあなたが悪いわけじゃない」「本当に?」「本当よ」 その時、レイのスマートフォンが鳴った。 隼人からだった。
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第八章:炎上
 平穏な日々が戻ってきたかに見えた。 レイは、隼人と悠馬との時間を大切に過ごしていた。 週に二回、それぞれと会う。 以前のように、五人との時間はなくなったが、それでもレイは幸せだった。 そして、仕事も順調に進んでいた。 新しいクライアントから、大きなプロジェクトの依頼が来た。 レイは、久しぶりに情熱を持って仕事に取り組んだ。 しかし、その平穏は長くは続かなかった。 ある日、レイのスマートフォンに、見知らぬ番号から電話がかかってきた。「もしもし」「あの、亜蘭レイさんですか?」「はい」「私、『東京ウィークリー』という雑誌の記者をしております、田中と申します」 レイの心臓が、早鐘を打ち始めた。「何の御用でしょうか」「実は、あなたについて取材させていただきたいのですが」「取材?」「はい。あなたの......恋愛についてです」 レイは、息を呑んだ。「どういうことでしょうか」「情報提供がありまして。あなたが、複数の男性と同時に交際しているという」「......」「事実でしょうか?」 レイは、電話を切った。 手が震えていた。 どうして、知られたのだろう。 誰が、情報を提供したのだろう。 レイは、すぐに隼人と悠馬にメッセージを送った。「緊急。話がある」 その日の夜、三人は千鶴のカフェで会った。 千鶴も、事情を聞いて同席していた。「雑誌の記者から、電話があった」 レイが言うと、隼人と悠馬は顔色を変えた。「何て?」「私が複数の男性と交際していることを、記事にしたいって」「誰が情報を?」「わからない。でも......」 レイは、言葉を飲み込んだ。 でも、心当たりはあった。
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幕間:千鶴の想い
 千鶴が、このカフェを開いたのは、二十年前のことだった。 当時、彼女は四十五歳。夫と離婚し、人生の転機を迎えていた。 それまで、千鶴は「普通」の主婦だった。 夫に尽くし、家事をこなし、子供を育てる。 それが、千鶴の役割だった。 でも、千鶴には夢があった。 いつか、自分の店を持ちたい。 コーヒーを淹れ、人々が集まる場所を作りたい。 でも、その夢を夫に話すと、笑われた。「今更、何言ってるんだ。主婦が店なんか開けるわけないだろう」 千鶴は、その言葉に傷ついた。 でも、反論できなかった。 なぜなら、千鶴自身も、自分には無理だと思っていたから。 結婚生活は、二十年続いた。 でも、幸せではなかった。 夫は、千鶴を尊重しなかった。 千鶴の意見を聞かず、千鶴の気持ちを無視した。 千鶴は、ただの家政婦のようだった。 子供が独立した後、千鶴は夫に言った。「離婚したい」 夫は、驚いた。「なんで? 俺、何か悪いことした?」「悪いことをしたんじゃない。何もしなかったのよ」「意味がわからない」「私を、一人の人間として見てくれなかった」 夫は、理解できなかった。 でも、千鶴の決意は固かった。 離婚は、成立した。 四十五歳。人生の半分を過ぎていた。 でも、千鶴は諦めなかった。 貯金を使い、小さなカフェを開いた。 最初は、客も少なかった。 経営も苦しかった。 でも、千鶴は諦めなかった。 一杯一杯、丁寧にコーヒーを淹れた。 一人一人の客と、真摯に向き合った。 徐々に、常連客が増えていった。 そして、二十年。 千鶴のカフェは、地域の人々に愛される店になった。 千鶴は、今、六十五歳だった
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